高校時代にお世話になった塾の先生の話なのですが。
先生は身長が高く体に厚みもある立派な体格の男性(推定40歳台半ば)で、よく通る声で物凄く授業の上手い、そして、誰に対してもフレンドリーでありながら生徒の誰とも馴れ合わない、プロ中のプロといった風情の方でした。
で、受付事務のおばさまから聞いたのですが…
以前、右翼の街宣車が塾のすぐ前の通りに陣取って演説をし、先生のよく通る声もさすがにかき消されるほどの大騒音を立てたことがあったそうです。
受験間近の、冬の出来事だったそうです。
先生は「ちょっと失礼。あの、10分少々、プリントの長文を和訳して待ってて下さい」と言うと、淡々とした足取りで教室を後にしたそうです。
え!? と思った当時の生徒さんがこっそり後をつけると、先生は街宣車に一直線に向かっていきます。
そして、見張りみたいなことをしていた右翼の若手(?)に、
「貴様ら! あの看板(塾の)が見えんか!お国の未来を背負って立つ若人が勉学に励むのを妨げるのか!!それが国を愛し国を憂う者のなすべきことか!!」
と声の限りに怒鳴りつけたそうです。
食って掛かる若手。
生徒たちが「こりゃマズイ」「人を呼ばなきゃ」とあたふたしていると、車の中からおっかなそうな老齢の男性が現れて、若手を制し、先生に向かって
「仰ること、まことにごもっともです。このような無様なことはもういたしません」と頭を下げ、先生もまた「ご理解かたじけない。」と頭を下げて手打ちに。
街宣車は去っていったとのことです。
淡々と塾に戻ってくる先生を、覗き見の生徒たちが興奮して「すごいっす!!」と出迎えると、先生は「ずいぶん和訳のスピードが上がったじゃない。頼もしいね」とニヤリと笑い、何事もなかったように静かになった教室で授業を再開したとのことでした。