私が働いている会社にはブランド品が大好きで、自称本物思考の女の先輩がいるのですが、勝手に本物を追求しているだけなら構わないのですが、迷惑なのは後輩たちにも本物思考を押し付けようとするところでした。
持ち物にはいつもケチをつけて、ブランドのカバンで出勤をしていない私やお金に余裕がない後輩たちはいつも目の敵にされていたのです。私の部署は男性が多く、女性はその先輩の他に四人だけで、私は入社して六年目になりますので、その先輩からはあまり相手にされなくなっていましたが、入社した当初は靴下はブランドものを買わないとすぐに使えなくなるとか、カバンは社会人としての身だしなみだからきちんとブランドのものを買うべきだとか指摘をして来たのです。私は奨学金を返済していかなくてはならなくて、五千円ほどのバッグを購入するのも苦労したので入社して早々心が折れてしまいそうでしたが、今ではこの先輩の戯言に嫌気が差しているところです。
先輩の本物思考発言は単なる新人いびりのようになっていて、先輩の言葉を真に受けて、ブランドアイテムを本当に購入してくる人まで現れるようになりました。しかし、ブランド品を持ってきたからといって、先輩のターゲットから外れた訳ではなく、お昼休憩でのお弁当に対しても、お米はどこ産なのか、その卵はどこで購入してきたものなのかを執拗に聞いてきて、「私なら決まったブランドのお米しか食べないし、スーパーで卵は買えない」などと発言し出したのです。周りも私も見かねて、「私は一パック百円以下じゃないと買う気になれない」などと発言しようものなら、どこの卵がいいのか、どれだけ安全なのかを語り出すので、休憩も安らぐことが出来ず、この先輩のせいで辞めていった新人社員もとても多いのです。
どうにかしなくてはと思っていた時に、私たちの部署の部長が変わることになりました。新しい部長は30代の女性で、噂によればこの会社の跡取り息子の彼女らしくて、ブランドスーツに身を包んだ女部長は憧れの的となったのです。当然ブランド大好きな先輩は部長に好かれようと距離を縮めようと努力するのですが、どんなおだてにも軽くあしらう姿は貫禄があり、とても素敵で、さらには私たちのような平社員にも優しく接してくれるので私も大好きになりました。ある日、いつものように先輩が本物思考を熱弁していると、女部長は本物にこだわるならいいものを見せるからと、先輩を含めた部署の女性全員を自宅に招待してくれたのです。
私たちは手土産になにを持っていったらよいのか分からず、部長が好きだと以前言っていたバームクーヘンの美味しいお店で手土産を購入して、部署の家に向かいました。素敵なマンションの上階付近に住んでおられ、内装もとても素敵でした。すでに先輩は先に到着をしていて、私たちが渡した包みを見て、眉間にシワを寄せたのです。部長が食事を持ってくるということで席を離れると、先輩はすかさず、「こんな素敵な家に招待されたのに、みんなでまとめて手土産を持ってくるのはおかしい。しかもお菓子なんて本物思考の部長に失礼」と責められました。なにをしても偽者扱いでうんざりだと思っているところに料理が運ばれて来ました。ビーフシチューにサラダ、フランスパンといったおしゃれなものでした。先輩は運ばれた途端にすかさず食器類を褒めたり、盛り付けかたを褒め、部長はその言葉にご満悦な様子がとても悔しくて、来なければ良かったと、私を含めてみんなが思っていたと思います。
部長は先輩に「本物の感じ、わかってくれた?」と問うと先輩はどこが素敵なのか再びまくし立て始めたのです。ところが、部長はそれを遮って、スッと立ち上がり、あるものを持ってきました。それはスーパーで売られているレトルト食品の袋と半分なくなっているフランスパンの袋でした。そして、「それはスーパーで購入した一番安い商品よ。しかもあなたが褒めている食器は100円ショップで購入したもの」と言い放ったのです。さらに、私はこの子たちが持ってきてくれたバームクーヘンが大好きなの。あなたが持ってきたワインは残念だけどアルコールを飲まない私には価値がないと述べたのです。先輩は言い訳も出来ず、おろおろしていて、その様子は可愛そうでしたがとてもスッキリしました。更に部長は「ものに本物かなんてない。その人がいいと思ったものが本物です。名前や値段で決めるのは貧乏臭い」と言われ、先輩はすみませんとしか答えることが出来なかったのです。部長が自宅まで呼んで先輩をこらしめてくれたことがとても嬉しかったです。それからは先輩の本物思考論はすっかり聞かなくなりました。