阪神淡路大震災時、仲の悪かった二つの家族がひとつになった。

阪神淡路大震災時、仲の悪かった二つの家族がひとつになった。

俺のかーちゃんが俺を妊娠してた時、時を同じくして隣に住んでたあまり仲の良くない奥さんも妊娠していた。

仲が良くないのはばーちゃん同士(母達から見たら姑同士 隣の舅姑はすでに死去)から続いてたそうな。

両家の旦那が出張中に、1995年1月17日の阪神淡路大震災発生。

うちは大阪北部では被害は大きくはなかったが、家は半壊したそうだ。

揺れが収まったところで、唐突にかーちゃんが産気づいた。

ばーちゃんは引退していたが昔助産婦をしてたそうでなんとか無事に俺を取り上げた。

そこで隣の奥さんが気になったばーちゃん、仲が悪いとはいえ同時期の妊婦。

ヤバいと思って駆けつけたら案の定、破水しておろおろしていた奥さんをなだめて早産気味だが女の子を取り上げた。

でもその奥さんは、俺には理由はわからないが数日後に亡くなったそうな。

母親二人のかかっていた産婦人科に渡りをつけて、母親と子供(俺達)をどうにかした後で、旦那ズ帰還。

子供の無事を喜ぶが、周囲や震源がアレなんで大っぴらに喜べずな状態。

そこに隣の奥さんが亡くなって、隣の旦那さん超修羅場。

自分の親もすでにいないし、嫁の両親もすでに亡くなってて天涯孤独(+新生児)の状態。

そこで俺のかーちゃんが提案「一人も二人も変わらないから、一緒に育てる」と。

いろいろ問題もあったんだろうけど、メリケンドラマの「フルハウス」みたいな「父親が複数いる」家庭に。

嫁の大ピンチの際に昔取った杵柄を生かして俺を取り上げただけでなく、昔から仲の良くない隣の赤ちゃんまで取り上げたばーちゃん。

同様に自分も危なかったってのに、残念ながら亡くなった隣の奥さんの子供まで引き受けたかーちゃん。

そんなわけのわからない状況ながら、間違いを犯すこともなく家庭を守った二人のとーちゃん。

高校を卒業して、妹(便宜上 同日だけど俺の方が早かったし双子でもないし)と関東の大学(別の学校)に行きました。

親と同じことが出来るとは思わないし、流石にそんな災害に遭いたくはない。

でも俺も妹もそんな親たちを尊敬している。

こんな記事も読まれています


おすすめの最新記事(外部サイト)






シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする